2020年 星のめぐり

1月13日をピークに、やぎ座で太陽・土星・冥王星が重なり合う

12月26日〜1月11日の「蝕の時間」もあり、濃い色彩のなかスタートした2020という時間。やぎ座にアクセントが置かれるということは、対岸のかに座も自ずと存在感を増すということ。11日の月蝕は、やぎ座の太陽とかに座の月で起こっている。

何を想い、何をカタチにするのか。

かに座が象徴する「わたしのこころ」とやぎ座が象徴する「わたしの世界」のつながり。影になっていたところもしっかり照らし、あらためて見つめ直した人も多かったはず。想っていることが、カタチに、わたしの世界に、なるのだから。

その仕組みを見つめ直し、ひっくり返し、つくり直してきた、2008年以降なのだ。木々が育ち、伸びゆき、花を咲かせ、実をつけるように、有機的で、自由で、間違うことのない仕組み。かつて遠かった冥王星の声は、土星、木星と順に仲間を見つけ、地上にあるわたしたちのすぐそばまで降りてきている。

春分の頃、土星は一度みずがめ座へ、7月にやぎ座に舞い戻り12月中旬まで山羊座に滞在

やぎ座からみずがめ座へ、みずがめ座からやぎ座へ、やぎ座からみずがめ座へ、濃淡を描きながら移ってゆくベースライン。

伸びゆく木のような仕組みを内に持つ。その感覚を確かめながら、この仕組みで「あたらしい、わたしの、世界」を映し出してゆく、つくり出してゆく。確かめて、映して、映して、確かめて。試行運転のなか、あたらしさの予感は、少しずつ滲むように育まれ広がってゆく。

4月、6月(逆行)、11月、やぎ座の冥王星は木星と重なり合う

しっかりとその仕組みの本来を取り戻して来たからこそ、信頼はあり、そこに花が咲きはじめる。花が咲くようには見えなかった堅牢な木に、やわらかな蕾が姿を現す。その時には、そのことをずっと知っていた自分と出会っているのだろう。木の内側を感じるのなら、やがて花が咲くとわかるのだから。その信頼とともに。

確かめて、映して、映して、確かめて。

水星は、2月〜3月、6月〜7月、10月に数週間ずつ主に水のサインで逆行

何を想い、何をカタチにするのか。想いの世界の細かな領域を数回に分けてレビューしてゆく。思考と感情はいつでもペアになっていて。想いの両面をつぶさに見つめ、粒子をさらに細やかにさらさらにしてゆく。

確かめて、映して、映して、確かめて。

12月22日、土星と木星はみずがめ座の0度で待ち合わせをしている

やぎ座で冥王星の声を受け取り、幹の内側を通り抜けてきたふたつの天体が、枝葉のその先端から姿を表す。高い場所、眺めの良い場所。花となり、実となり。遠くが見えている、風を感じている、あたらしい景色が見えている。

予感していたこと、予想以上のこと。すでにはじまっていること、これからはじめること。入り混じっているのかもしれない。

育んできた仕組み、愛すべき、信頼すべきその木があるから、ここに立っている。そして、ここに立つから、あたらしさははじまっていて、さらなるあたらしさに手を伸ばす「わたし」がいる。

よき旅を!
buon viaggio

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