ひとつの物語(ここでの物語はそのひとがいつの間にか前提としている展開の連なりのようなもの)から抜け出したとして、次の物語にはまっているということがある。物語はどこか入れ子になっているようだ。

目に見える世界のあれこれから自由になる替わりに、目に見えない世界の物語に囚われたり。

ただ想うのは、それに惹かれそして囚われるのであれば、そこにその網のような物語はやはりあって、それを受けて立つことになるのだ、ということ。その冒険の物語をとことん「やってみる」。

旅をして、やがてお城にたどり着いて、キーパーソンと対峙して、そして「鍵」を手にする。と、物語はぽんっと霧消する。まるで「オズの魔法使い」のように。でも、冒険の旅で得たことは、ちゃんと内に残っている。

やぎ座からみずがめ座の流れも、これに似ているところがある。物語を極めるとき、それはますます堅牢になる、どんどん確立されてゆく。だからきっと、ある意味でどんどん囚われてゆく。そして最後の最後、その部屋に入って鍵を手にしたら、物語というお城は突然に消え去ってしまう。築かれたそれが終わって、胸の内に何かを残して、次の景色へワープする。

そんなふうに。

そしてあるとき。

その次の景色はもう物語の中ではないのかもしれない。現実はこれまでに限りなく似ていて、でも非なるもの。

踊る粒子たちの自由を知っている世界。