すでに過ぎ去った時間、すでに書き終わった物語を、生きている、そんなふうに感じることがある。



そうではあっても、まるではじめてのように体験している。知らない、のだけれど、どこかで知っている、不思議な感覚。

すっかり忘れているのだけれど、ところどころに「知っている」の感覚が立ち起こる。「知っている」は、とてもなつかしい。



運命は決まっている、ということ?

そうとも言えるのかもしれない。けれど、誰かに決められた枠の中で縛られて生きている、というのとはまったく違う。




その物語を書いたのは、そもそも「わたし」なのだろうから。だから、知っている。




書かれた物語と重なるとき。


なつかしさを見つけるとき。


おおきな物語を見つけるとき。


わたしがわたしを見つけるとき。


おおきな流れに守られていたと知るとき。




深くから感動する。

深くから安堵する。




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どこかズレているとき、まわりをズレて見てもいる



橙色を緑色だと思ったり

茜色を藍色だと思ったり



知らず知らずのうちに違うようにみて

誤解して

複雑にして

力んでしまう



一致するとき



ゆるんでいて

シンプルで

すべらか



わたしという物語を、そのまま見ている




┈┈┈┈┈┈┈┈┈ ⿻




物語が物語だと識っているとき。



目の前に没入すること、の刺激は無くなる。


そして、それとはまったく別の場所にある、もっとおおきな何か、に気づいている。



深く、おおきく、しずかな、めぐり



それに守られていたと、思い出している。

それであったのだと、思い出している。











ほしみやじくうの歩き方



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